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青森地方裁判所 昭和29年(ワ)237号 判決

原告 同和火災海上保険株式会社

補助参加人 工藤ツエ 外三名

被告 株式会社青森銀行 外二名

主文

原告の請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告は、

(一)  被告株式会社青森銀行は金七十五万円を、同株式会社青和銀行は金五万円を、同株式会社弘前相互銀行は金百十六万七千五百円を夫々原告に対して支払え。

(二)  訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。

被告等は、何れも、請求棄却の判決を求めた。

第二請求の原因

(一)  訴外工藤仁八は昭和二十七年八月十九日札幌駅構内において訴外北海道拓殖銀行所有にかかる通貨金千百万円を窃取した。

(二)  右工藤は犯跡を蔽い且つ追奪を免れる目的で盗品たる右通貨のうち合計百九十六万七千五百円を訴外工藤仁八、同工藤ツエ、同工藤寿美子、同工藤聖也、同倉本ツヤ、同倉本麗子、同倉本哲二及び同熊谷京子の八名の名義を以て別紙一覧表記載のとおり被告等銀行に対し夫々預け入れた。

(三)  前記窃盗事件の被害者たる訴外北海道拓殖銀行はその被害通貨を原告会社の運送保険に付していたので右事故の発生により昭和二十七年九月二日原告会社から右保険金全額の支払を受けた。その結果同銀行が被害者として有していた一切の権利は商法第六百六十二条第一項の規定に則り原告会社に移転した。

(四)  よつて、原告は民法第百九十三条の規定に基き被告等に対し請求の趣旨記載のとおり夫々盗品たる通貨の返還を求める。

二 (予備的請求)

(一)  仮に通貨については民法第百九十三条の規定の適用がなく、従つて被告等に対する右第一次の請求にして理由がないとしても、訴外工藤仁八の前記贓金の預入は窃盗の事後処分であるからその者について存する不法の原因のための給付であつて、右仁八は被告等に対し右預金の返還請求権を有しないものというべく、その結果被告等は夫々法律上の原因なくして不当に右預金同額の利益を受けたことゝなる。

(二)  よつて前述のとおり本件窃盗事件における被害者の地位を承継した原告は、予備的に、被告等銀行に対し夫々右預金同額の不当利得の返還を請求する。

第三被告等の答弁及び主張

一  被告株式会社青森銀行

原告主張事実中被告青森銀行に対しその主張の如き名義人の定期預金がなされている点は認めるが、その余は争う。

原告は盗品としての通貨自体の返還を求めているが該通貨につき何ら特定をなさない。

又、通貨については民法第百九十三条の規定の適用はなく小切手法第二十一条の規定が準用せられると解すべきであり、同被告銀行は前記定期預金契約をなすにつき悪意又は重大な過失がなかつたから原告に対しその返還義務を負わない、何れにせよ原告の被告青森銀行に対する請求は失当である。

二  被告株式会社青和銀行

原告主張事実中被告青和銀行に対し主張のような名義人の定期預金がなされている点は認めるがその余は争う。

通貨については性質上占有の移転と同時に所有権も移転すると解すべきであるから民法第百九十三条の適用はない。

なお、被告青和銀行に対し前記預金をなしたものは訴外工藤仁八ではない。仮に同人が預金者であるとしても同人と被告銀行との間の預金契約自体には不法は存しないから右預金が不法原因による給付ということはできない。仮に右仁八が追奪を免れる目的で右預金をなしたとしてもそれは内心の縁由たるに過ぎず、かゝる表示せられざる縁由は何等行為を不法化せしめるものでないから民法第七百八条の適用はない。

又、仮に右仁八が真の預金者であつたとしても、訴外熊谷京子名義を以て預金し、且つ名義人たる熊谷京子は実在の人物であるから、禁反言の原則により被告銀行に対しては預金者が右仁八であることを主張しえないものというべきである。

よつて何れにしても原告の被告青和銀行に対する請求は失当である。

三  被告株式会社弘前相互銀行

原告主張事実中、訴外工藤仁八が被告弘前相互銀行に対し、昭和二十七年八月二十三日金百万円、普通預金十五万円を預入れ別表記載の預金債権を存するに至つたことは認めるがその余は争う。

なお、前記金百万円の預金債権は右仁八が昭和二十八年九月三日付同年十月七日到達の内容証明郵便を以て補助参加人工藤ツエに譲渡し、又金十五万円の預金債権は債権者補助参加人蛯名三助債務者訴外工藤仁八、第三債務者被告株式会社弘前相互銀行間の当庁昭和二八年(ル)第一八号、同年(ヲ)第一一三号債権差押及び転付命令事件において昭和二十八年十一月十八日補助参加人蛯名三助に転付せられた。従つて被告弘前相互銀行には原告主張の預金債権は存在しないから、原告の同銀行に対する請求は失当である。

第四補助参加人等の主張

(一)  被告株式会社青森銀行に対してなされている参加人工藤ツエ名義の預金債権は同参加人に於て、盗奪に基くものであることを知ららぬまゝ右仁八から無償譲渡を受けたものである。

(二)  被告株式会社青森銀行に対する右仁八名義の金十万円及び被告株式会社弘前相互銀行に対する同人名義の金十五万円の各預金債権は、青森簡易裁判所昭和二十八年(ロ)第二八九号支払命令申立事件における執行力ある正本に基き参加人蛯名三助の右仁八に対する金二十五万円及びこれに対する年一割の遅延損害金の支払債務の弁済に宛てて右三助のため差押転付せられた。

(三)  被告株式会社青森銀行に対する工藤聖也、倉本ツヤ、同麗子、同哲二名義の各金十万円の預金債権及び同銀行(古川支店)に対する熊谷京子名義の金五万円の預金債権は昭和二十九年十二月十二日訴外工藤仁八に於て善意の参加人工藤忠吉に譲渡し同月二十日右被告銀行にその旨通知した。

(四)  従つて、以上の各預金債権に関する被告青森銀行及び被告弘前相互銀行に対する原告の請求は理由がない。

第五被告等及び補助参加人等の主張に対する原告の反駁

被告株式会社弘前相互銀行及び参加人等主張の預金債権の譲渡並びに転付の事実は知らない。仮にそのような事実があるとしても右は主張の各預金債権について定められている譲渡禁止の特約に違反し何らの効力を生じない。

第六右に対する被告青森銀行、同弘前相互銀行及び参加人等の再答弁

(一)  被告等銀行としては右特約の存在を認める。

(二)  参加人等は右特約の存在を争う。仮に原告主張のような特約があつたとしても、それは前記各預金債権の預入期間内に於てのみ有効であるに過ぎず、預入期間経過後の本件譲渡は何らの拘束力がない。

第七証拠

(一)  原告訴訟代理人は甲第一乃至第七号証(何れも写)第八、九号証の各一、二、第十乃至第十六号証(第十五、十六号証は写)第七乃至第二十号証の各一乃至三、第二十一号証(写)第二十二号証の一、二(写)、第二十三号証を提出し、乙号各証の成立を認め、「丙第一号証、同第二号証の一、二のうち郵便官署作成部分を除くその余の成立は知らない。丙第二号証の一、二中の右各除外部分及びその余の丙号各証の成立は認める。」と述べた。

(二)  被告株式会社青森銀行及び同青和銀行各訴訟代理人は甲号各証の成立(写をもつて提出された書証については原本の存在とも)を認めた。

被告株式会社弘前相互銀行訴訟代理人は乙第一号証の一、二、第二、三号証を提出し、「甲号各証の成立(写を以て提出された書証については原本の存在とも)を認める。」と述べた。

(三)  参加人等訴訟代理人は丙第一号証、第二、三号証の各一、二、第四、五号証の各一乃至四を提出し、甲号各証につき被告等と同様の認否をなした。

理由

第一先ず原告の主たる請求について判断する。

原告は、被告等に対し、民法第百九十三条に基いて盗品たる通貨の返還を求める旨主張するけれども、原告は該通貨が特定しうるものであり、且それが被告等銀行の手中に存在するとの点につき何らの主張立証もなし得ないから原告の右主張は既にこの点に於て失当である。のみならず仮に盗品たる通貨の同一認識が可能だとしても抑通貨は、その流通手段としての特殊性に鑑み、通貨として流通に置かれる限りその占有の移転は常に所有権の移転を伴うものと解すべきであり、(最高裁第二小法廷昭和二十九年十一月五日判決同刑事判例集第八巻第十一号一六七五頁以下参照。)従つて特段の事情(通貨としてではなく物としての個性を帯有したまゝ占有の移転がなされたような場合)のない以上、通貨については本来民法第百九十二条乃至第百九十四条の適用はないものと解するのを相当とすべきところ、本件に於ては右のような特段の事情が存しなかつたことは原告の主張自体に徴し明白であるから原告の主たる請求は到底採用できない。

第二次に原告の予備的請求について判断する。

一  何れもその原本の存在及び成立に争のない甲第一乃至第四号証、成立に争のない第八、九号証第十八号証の各一、二及び第十四号証並びに第二十三号証の各記載を綜合すると次のような事実が認められる。

(一)  訴外工藤仁八は昭和二十七年八月十九日国鉄札幌駅構内に於て訴外北海道拓殖銀行様似支店及び苦小牧支店から同行本店宛の現送金合計一千百万円を窃取したこと。

(二)  而して右仁八は前記盗奪にかゝる金一千百万円の中の一部金百九十五万円を以て被告等銀行との間に夫々原告主張の日時、主張のとおりの預金乃至貯蓄無尽契約を締結したこと(ただし被告株式会社弘前相互銀行に対する貯蓄無尽契約掛金は金百万円である。)、

(三)  これより先、訴外北海道拓殖銀行は右盗難被害金につき原告会社と保険金右同額の運送保険契約を締結していたので、原告会社は右事故の発生により同銀行に対し保険金一千百万円を支払い、よつて原告会社は商法第六百六十二条の規定に基き同銀行が右仁八に対して有する一切の権利を承継したこと、

以上のような事実が認められる。右認定に反する甲第十八号証の二の記載の一部は前顕各証拠に対比し措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  ところで、原告は、工藤仁八の右贓金の預入は窃盗の事後処分であるから、その者について存する不法の原因のための給付であり、従つて右仁八は被告等に対し各預金の返還請求権を有しない旨主張するので、この点につき考察するに、

なるほど、右贓金の預入が窃盗の事後処分であることは原告主張のとおりであるが、その故にこれを目して不法の原因のための給付であるとし、その払戻請求権を否定し去ることができるか否かはすこぶる疑問である。蓋し、右は窃盗の事後処分であると同時に、一面その相手方たる被告等銀行との間に於ける定型的な預金契約に基く給付でもあるからである。そのような預金契約に基く給付が不法の原因のための給付であるというためには預金者たる仁八が贓金を預入れたとの一事を以てしては足らず、相手方銀行の側に於てもそれが贓金であることを諒知しながら受領した場合の如く、給付の原因たる預金契約自体が公序良俗に違反するため無効と解しうる場合でなければならないものというべきである。

三  いま本件について見るに、被告等銀行が仁八との前記契約を締結するにあたり、同人等に於て前記金員が贓金であることを了知してこれを受領したものであるとか、その他右預金契約自体が不法無効のものであるとすべき事由の存在については原告は何らの主張立証をなさず、却つて本件弁論の全趣旨によれば、工藤仁八と被告等との間の右預金契約は右仁八の犯罪発覚前に締結されたものであることが明らかであつて、この事実に徴すると、被告等は右預金受入の際全く善意であつたものと推認するのが相当であり、従つて前記各預金契約は有効に成立したものといわざるをえない。しかして預金契約が有効に成立する以上、被告等は右各預金契約に基き、各預金権利者に対し該預金の払戻義務を負担しているものといわざるを得ない。(尤も仁八又はその特定承継人から右預金の払戻請求がなされた場合それが信義則違反又は権利の濫用として裁判上排斥される場合のあることは勿論である。)

果してそうだとすると、被告等に右払戻義務の存在しないことを前提とする原告の予備的請求も又爾余の争点に対する判断をなす迄もなく既にこの点に於て理由がない。

第三結論

よつて原告の被告等に対する本訴請求は何れもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 右川亮平)

一覧表〈省略〉

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